本音の感想(ネタバレ多め)
見上げてごらん夜の星を
1960年のミュージカルの主題歌として作られ、1963年に坂本九さんがリリースした曲。
その坂本九さんが1985年の日航機墜落事故で亡くなり、追悼の意味も込めて歌われた曲。サクラの好きだった曲として卒業式で流れた曲。
劇中序盤の1986~88年は確かにその時期と重なるな、と思いながら聞いてました。
エンディングでは30年越しに揃って墓参りを終えた太郎と弥生が、一緒に歌いながら帰る曲。
「手を繋ごう 僕と」
そう歌いながら手を取る二人。
「追いかけよう 夢を」
サッカー選手と教師、それぞれに夢を追いかけながら、夢破れた二人。
「二人なら苦しくなんかないさ」
苦しいことが続いてきたけれど、手を取り直せば乗り越えられる。
「僕らのように名も無き星が」
得点王のようなスーパースターでない、ありふれた人間でも。
「ささやかな幸せを祈ってる」
大層なことでなくても、何事もなく年を経ることが幸せなこと。
そんな風に見えたエンディングは、とても良かった。…泣くかなと思ったんだけど。
この後の二人がどうなったかは描かれていない。最後に残ってた3月31日は1970年まで遡り、弥生と、そして太郎の誕生日だと明かされるし。(サクラは1969年4月2日生まれ)
ようやく結婚するかという考えもあるだろうけど、自分の考えとしては二人はこのままだと思う。
32年前のようにハッキリと物を言い、明るく振る舞い。もうすれ違いはしなければそれで十分だ、と。
ちなみに今となっては坂本九さん然り、「夜空の星」が「亡くなって星になった人」と捉えられているけれど、元のミュージカルでは定時制高校に通う夜学生が歌ってる曲なんですね。
今回、曲の生い立ちを調べてみて初めて知った。まあこう歌い継がれる中での移り変わりは、悪いわけではないけれど。
正しい情報、適切な対処
あと印象に残ったのが、1987年の時はサクラの血友病1)血小板が足りず血が止まらない病気。ちなみにサクラのように女性が血友病になるのは極めて稀からの薬害エイズ2)1980年代前半に使われた外国製の非加熱製剤により、エイズに感染・発症した事件、そして2020年は歩のクラスの放射能と、偏見によるイジメが取り上げられていたこと。
それに対して、弥生も歩も、間違った情報で偏見・イジメをすることは間違っていると説いていたこと。本当に必要なことをしようとしていたこと。
…皮肉なことに現実の2020年3月は、劇中の2020年3月とは異なり、新型コロナウイルスの動乱となりました。イベント自粛は2011年の再来のようであり、経済の冷え込みはリーマンショック級とも。
もっとも自粛については、東日本大震災の「被災地への悼み」としての自粛と、新型コロナの「感染防止に有効な手段」としての自粛は、論拠が違うところもある。
実際自分も休日の外出は控えて、冒頭の通り他の映画は見送ったけど、幸い福岡市はじめ九州内は抑え込みが成功していると言えることも、今回はこうやって観に行くことが出来た理由。
それは置いても、石油ショックの二の舞かというトイレットペーパーの買い占めなど、マスコミもSNSも、正しい情報よりも不安を煽る、キャッチーで衝撃的な内容ばかりが拡散していて。
「情報は多く集めた方が良いけれど、根も葉も分からない話を鵜呑みにせず、よく吟味して、適切な対処をしないといけない」
そんなメッセージがこの映画に込められているとしたら、ある意味、今だからこそ観る意味のある映画なのかな、と思いました。
9年間背負った自責の念
そんな曲がったことを嫌う弥生でさえも、自分に対する罰だと失意のどん底に落とされた震災。
3月10日のタイミングの悪さが際立たせているけれど、卓磨と似た境遇 ―― 何らかのキッカケで引っ越して罹災した人とか ―― は居たと思う。
誰も、何も悪くないのに、自責に駆られてしまう。
自分も、直接被害は無かったけれど、この東日本大震災のことは、刻み込まれている。
けど、必要以上に自分を責めることは誰のためにもならない。むしろ、明るく振る舞う方が良いのかな。 そういう風に捉えることが出来ました。
鑑賞前、東日本大震災をどう扱うのかというのには不安もあったけれど、良い意味でリアルで、それでいて背中を押してくれたような。
ひとまず感想は以上で。ここまで書くのに丸二日掛かってしまったし…。
2020年3月30日、あのエンディングの日、都合が合えばまたリピートしようかなとも考えているので、そしたら追記するかもしれません。
補足
| 1. | ↑ | 血小板が足りず血が止まらない病気。ちなみにサクラのように女性が血友病になるのは極めて稀 |
| 2. | ↑ | 1980年代前半に使われた外国製の非加熱製剤により、エイズに感染・発症した事件 |
